つれづれ memo & feel

旅の記録と日常の出来事をメモする

木曽路を歩いて昔を懐かしむ(その1)

福島から帰ってからすぐ、今度は長野の方に旅することになった。中高時代のクラス会が、去年の白浜に続いて、今度は御岳山の麓にあるロッジで開かれるのだ。このロッジを家族で営んでいるのはクラスメイトで、仕事がら定例のクラス会にはなかな出席できない…

福島県昭和村の旅(その3)

旅の最終日、特に予定はない。ゆっくりと進む時間を過ごしながら、あとは帰るだけだ。迎えが来るまで、朝風呂にでも入ってゆったりしよう。 しかし、ツアーの関係者から連絡が入り、昨日のカフェになにか忘れ物をしたようだ。まずは、それを取りに行かねばな…

福島県昭和村の旅(その2)

今日のこの旅のメインイベント・昭和村の歴史を辿るスタディツアーだ。朝早くに宿を出て、途中で娘たちをピックアップしてから集合場所のファーマーズカフェ大芦家に行く。 スタディツアーはこのカフェのオーナーが村おこしの一環として自主的に主催している…

福島県昭和村の旅(その1)

ひょんなことから福島県に行くことになった。娘が友人に誘われて昭和村スタディツアーに行くというので、急遽それに便乗することにした。ツアーの内容は、村の旧跡を巡ってその歴史を知ることらしい。むかしから歴史というものに苦手意識を持っているのだが…

久しぶりの蔵王で筋肉痛(5日目)

さて、最終日は帰るだけ。安全運転でゆっくり帰ります。途中、少しでも東北支援に貢献できるように考えていました・・・。 2012年03月20日(火) 小雪がちらついてる中、温泉で朝風呂をしてきました。朝食をとってから帰路の旅につきます。 posted at 07:38:57…

久しぶりの蔵王で筋肉痛(4日目)

人数は減ったが、滑りのモチベーションは変わらない。三日目になって滑りも安定し、天気も回復傾向。明日は滑らずに帰る予定なので、今日はしっかりと滑っておく。しかし、体力が無くなってきたようだ。 2012年03月19日(月) 雲に切れ目が出て、山形市街が見…

久しぶりの蔵王で筋肉痛(3日目)

天気は荒れ模様だが、例年に無く雪は多い。雨さえ降らなければと思いながら滑る。部屋で作るお昼のメニューも、いつもの様に楽しみだ。 2012年03月18日(日) 今日のホテル前の気温は、4℃。昨日より2度上がった。雪が少し重くなった。曇で雨は無い。 posted at…

久しぶりの蔵王で筋肉痛(2日目)

天気は良くない。いつ雨が降ってくるかわからないような空模様。しかし、久しぶりの雪の感覚を求めて、滑りに出ます。お地蔵様にも行かなくちゃ。 2012年03月17日(土) モモちゃん、大きくなりました。もうマリオネット・スキーから卒業したようです。 posted…

久しぶりの蔵王で筋肉痛(1日目)

最近、車の長距離運転をするのが億劫になってきた。特に目が疲れるので、交代のドライバーがいないと出かけないようにしている。しかし、去年は震災もありスキーに出かけなかったし、東京の一人暮らしも飽きてきたので、覚悟を決めて仲間の待っている蔵王へ…

赤い大地のアメリカ(7日目)

きっと赤い大地を夢に見ながら太平洋を渡っていた、と思う。機内で最初の食事をとってからすぐに意識がなくなったようだ。その後の軽食をもらった覚えはない。導眠剤を服用したからだ。これは旅行の初日の夜にも飲んで寝た。これを使うと一気に十分な睡眠が…

赤い大地のアメリカ(6日目)

さて、あっという間に最終日、帰国する日になりました。春と言うより初夏をも感じるロサンゼルスのホテルでゆったりとまどろんで、LAX空港から午後の便で帰る予定である。 トーランス地区のホテルなので空港には近い。ゆっくりと朝食をとってホテル内でゆっ…

赤い大地のアメリカ(5日目)

旅も後工程を消化するだけになりました。今日は、ラスベガスからロサンゼルスに移動する。そして、ホテルに入る前に、LAの観光名所を少し辿るだけです。 途中、ロスアンゼルス近くにある大きなアウトレットに寄って昼食を取る。ここの建物も、各地で見てきた…

赤い大地のアメリカ(4日目)

さて、ほぼ旅のメイン・イベントも過ぎ、後半に入ります。 今日は、セドナ(Sedona)という美しい西部の町を見て、再びラスベガスに戻ることになりる。途中、インターステイト40号線を降りて、昔むかしのTVドラマで有名なルート66を通る。 ところで、セドナ…

赤い大地のアメリカ(3日目)

三日目はペイジを出発し、さらに東に進んでモニュメントバレーに行く。そこを観光したあとバスは南西方向に走り、夕刻までにグランドキャニオンにたどり着く行程だ。 モニュメントバレーは、今回のブログのタイトルにもなったように、一番の”赤”を感じたとこ…

赤い大地のアメリカ(2日目)

二日目は、ラスベガスからインターステイト15号線を東に走り、ユタ州の南に位置するザイオン国立公園に立ち寄る。それからアリゾナとユタの州境を更に東に辿り、ペイジ(Page)という町まで行く行程である。 2012年01月30日(月) <ザイオン国立公園> 午前、…

赤い大地のアメリカ(1日目)

アメリカ西部の赤い大地を砂まみれになりながら駆け巡ってきました。 いつものように旅の途中でツイッターにつぶやいたものを中心にしてまとめてみた。 ところで、仕事以外でアメリカ本土に行くのはこれが初めて、ツアーのバスに乗っていれば考えることも無…

スペイン旅も波乱の結末(7)

さて、波乱の旅も無事に千秋楽を迎えました。 自由気ままな一人旅の時は、いろいろなところに注意を払っているし、緊張する場面もよく出てくる。しかし、ツアコンが付くツアーの場合は、ベルトコンベアに載せられているようなもので、緊張感は少ない。まして…

スペイン旅も波乱の結末(6)

トラブルで困難な状況に陥ったときは、いつも良い人が現れるものだ。渡る世間は鬼ばかりではない。まず通訳の方がそうだった。マドリッド在住ので機転のきく女性だった。次に警察のイケメン警官、そして休みにもかかわらず出てきていただいた大使館の方であ…

スペイン旅も波乱の結末(5)

ついに波乱の幕開。この日はそのショックと後処理のことで頭が占領され、暗い気持ちが一日中続いていた。 旅の行程としては、午前にセビリアの市内を観光し、コルドバに立ち寄ってから、夜にマドリッドに入るというものである。 一日中ツイッターを見る気持…

スペイン旅も波乱の結末(4)

イスラム文化が色濃く残っているアルハンブラ宮殿を見る。 美しい庭園や建造物を見て歩く。内部には豪華な飾りが施されているが、全体として落ち着いた雰囲気に満ちていた。 午後は、闘牛場のある丘の町ロンダを観光してから、夕刻にセビリアに入る。 2011年…

スペイン旅も波乱の結末(3)

バレンシアを出てドン・キホーテで有名なラ・マンチャ地方を突っ走る。丘の上にある風車は、ディズニー映画やオランダにあるようなものを頭の中にイメージしていたのだが、それとは違っていた。 そのあと、一路アンダルシア地方にあるグラナダへ向かう。 201…

スペイン旅も波乱の結末(2)

何年ぶりのバルセロナだろうか、おそらく10年は過ぎていると思うが、サグラダファミリアが変化していた。 まず、建物の塔がかなり増えている。そして、周辺が美しくなっていた。昔に訪れたときは、もう少し広くて雑然としていた。ガウディの資料も掘っ立て小…

スペイン旅も波乱の結末(1)

2011年の旅は、いつも最後に波乱が起こる。伊勢路の旅は、3.11の大波乱、ソウルではちょっとした小波乱で終わりを迎えた。今回のスペインも、最後にあと味の悪い事件に遭遇する。あまり思い出したくなかったので、旅のつぶやきをブログにする作業も遅れてし…

もうクリスマスCMの季節なのか

ネットサーフィンでクリスマスの広告に出会うようになった。 本場の海外では、すでにTVに流されているようである。 それで、ある期待もあって、YouTubeの中を探してみた。 これらのクリスマス・ビデオを見ていると、気分は12月に飛んでいく。 心も体も、ひ…

元気でいることが恩返し、それでこちらも元気がでる

先月、知り合いが東日本大震災の被災地・名取市に行き、現地の支援センターの人たちと被災状況を見てきた。後日、仮設住宅で出会った被災者の”おばちゃん”から葉書を貰ったという。ひょんな切っ掛けで、そこに書いてあった「ありがとう」という詩を教えても…

リバーツアーと日本橋

最近は、陸上に飽きてきたのか水が私を呼ぶのか、水の上を行く散歩が多い。水面を行くと、いつもの視点から離れるからなのだろう、見慣れた景色を新鮮に感じる。橋の下などをくぐり抜けるときなどは、その舞台裏を見ているような感覚になる。水面は陸上より…

初めてのソウルでつぶやいてきました(後編)

三日目は、観光ガイドを片手に適当にぶらつくことにする。特に行ってみたいという所も無かったので、頭の中に入れたのは「景福宮」と「ソウルタワー」だけ。あとは足の向くまま出たとこまかせ、といういつもの散歩のパターンだ。しかし、相方がいるので行動…

初めてのソウルでつぶやいてきました(前編)

以前一緒に働いていた友人が、ソウルの大学にいる。去年から大学院の学生を相手に教えだして、2年目に入っている。これは良い機会だと、その友人を頼ってソウルに遊びに行こうと目論んだ。今年になって一度予定を立てたのだが、ちょうど大学の夏休みに入っ…

iMacトラブル顛末記(その3)HDDの交換

さて、新しいiMacへの移設も終わり精神的にも余裕ができたので、トラブルiMacの修理を試みる。当初は、リスクの高い本体のHDD交換は諦めて外付けでiMacを再生させようと思っていた。しかし、ネットで本体のバラし方を調べているうちに、2008年製のiMacだと簡…

iMacトラブル顛末記(その2)新しいiMac

まずは、いまの生活のライフラインでもあるPCの確保である。ネットに繋がるPCがないと、不自由な生活を強いられる。横から、「ダイニングにiPad(一応相方のもの)もあるし、iPod touchでも最低限のことはできるじゃん」と言われそうだが、なんといっても大…