木曽路を歩いて昔を懐かしむ(その3)
夕食の時にふと思った長野電鉄を地図で調べてみた。いつの間にか地中化されているようだ。よく見ると、善光寺の近くに駅がある。今日はその辺りから長野電鉄に乗って、車窓からの景色で途中で降りる駅を判断する。そして、終点の湯田中まで行って、また考えるということにした。
まずは、善光寺までの山門通りを楽しみながら歩くことにする。あとは足まかせ、天気まかせの旅になります。
2012年06月11日(月)
<善光寺>
これを見て、長野名物に「おやき」というのがあるのを思い出した。帰る時、お土産に買っていこう。
再び、朝の善光寺をお参りした。ちらほらと団体の観光客が参拝していた。
いつもの様に絵葉書を調達した。郵便局で長野の切手を求めると、「無いので、新潟のはどうかと」仕方なく、それをもらう。長野は自分の県のPRをしないようだ。奥ゆかしいのだろう。(^^)
実家の父の耳が遠くなり、最近では目で見るもが楽しみになってきた。それで、旅に出たときはなるべくその土地の絵葉書を送ることにしている。送るのを忘れることが多いのだが・・・。
<長野電鉄>
長野駅から善光寺下までが地中化されたのに1981年ということである。私がスキーで利用していたのはそれ以前ということになる。ちなみに、その頃はスキー宅急便というものが無く、全てを担いて行った時代でもある。^^);
何も調べないで、足の向くままに来た駅。各駅停車しか止まらないらしい。特急が通過して行った。絵葉書を書き終えたが、電車はまだ来ないのだ。
電車来た、乗る。駅を発車すると、直ぐに地上に出た。見覚えのある風景に出会うのだろうか。それまでは各駅停車でゆっくりの旅。Twで暇つぶしかな?
今回の前半は、懐かしい顔に出会うための旅。昨日の午後からは、勝手気ままな一人旅に。計画は、雨になったら帰るということだけ。明日は降りそうなので、今日までかな?
<途中下車?>
信州中野駅なう。ここまで止まりだった。別の各駅停車に乗り換え待ち。ここから終点まで行くことに決めた。
景色は良くなってきた。記憶に合わない訳が分かった。しごく単純なこと。長野電鉄をよく利用したのは遠い昔で、それにほとんどが雪のある時である。今の緑と当時の白、風景が全く違う。^^;
信濃竹原駅なう。単線なので、ここで5分の通過待ち。こういう駅舎を見ると、当時の面影を偲ぶことができる。気温はグッと上がってきた。プラットフォームの照り返しの熱波が車内まで届く
<湯田中駅>
湯田中駅なう。終点です。雪の無い風景は、風情が無い。先ずは、腹ごしらえ。探索にかかろう。
湯田中で、歳は同じくらいの駅員さんと話し込んだ。長野電鉄の長野から善光寺下が地下になったのは、1981年と言うこと。私がよく通ったのはそれより10年以上前。その当時は宅配便などはなかったので、スキーを担いできたものである。
長野電鉄も湯田中駅もその頃がピークだった。多くの乗降客を整理するための鉄柵があった跡を指をさして教えてくれた。志賀高原もさびれて、多くのホテルが経営難で撤退しているらしい。こういう話を聞くのは寂しい。
<湯田中温泉>
駅の観光案内で貰った地図を見ると、面白そうなところがある。ざっと歩いて見て回るコースを考える。動く岩、一桜の散歩道などを経由して渋温泉まで行って帰ってくるのがちょうど良い距離になりそうだ。あとは、どこかで温泉に浸かるところがあればと・・。
(湯田中と、昨日の長野で使った地図)
湯田中温泉郷を歩くことにする。日差しは厳しい。入口あたりあるこぎれいなお店に入って昼食だ。
<動く岩>
<一茶の散歩道>
分け入って直ぐに熊野古道並みの急な山道。ちょっと後悔する。ただ、所々の道端は、草花で美しく飾られている。
熊野古道・伊勢路と違って、たまに人とすれ違う。また、あちこちに「平和の鐘」と称するものがあって、その鐘の音が聞こえると人が現れる。私も鳴らすようにした。
(あとで分かったのだが、この鐘は熊よけのためにために設けられたものである。)
<観音様>
観音様の水飲み場で、汗をぬぐい給水する。完全に汗が引くまで休息しよう。
<延命煙草地蔵>
延命煙草地蔵ってのがあって、吸いさしのタバコなどが供えてある。タバコを吸っても寿命がありますように〜と願うのか?身勝手なものだ。
<渋温泉>
渋温泉郷まで歩く。こちらの方が寂れた感じがする。綺麗な共同浴場があった。入ろうと思ったが、鍵が掛かっている。帰りに湯田中温泉でも幾つか見たが、鍵が掛かっていた。福島の玉梨温泉では、入浴OKだったのに・・。
湯田中温泉に戻ると、旅館の入口の駐車場横に足湯があった。電車の時間が迫っていたので、手湯にした。少しだけ温泉気分になれる。
湯田中駅なう。風が出てきてました。雲も増えています。さて、帰路につくことにします。帰りは、最後の特急です。これ以降、各駅停車が1時間に1本のダイヤだ。
iPhoneを使って天気予報を見ると、明日は曇時々雨の予報。旅を続けるかどうかを考えていた。ついでにスケジュールも見てみた。すると図書館から借りている本の期限が明日になっている。これが決定打、今日中に帰ることにする。
<電車待ち>
観光案内所のオバサンと話す。やはり、近年の湯田中温泉や志賀高原あたりの衰退ぶり。「最近じゃ東京スカイツリーにお客をみんな持っていかれてしまった」と冗談も交じる。「みんな新しもの好きだからね、もうすぐここも廃線になるんじゃないか」と心配していた。
オバサンに「一茶の散歩道」の話をすると、「あの辺りでは、たまに熊が出るのよ」と。それで「平和の鐘」が所々に置いてあって、熊よけに鳴らすのだと。
一人旅になると人恋しさが出るのだろう、よく話しかける。都会じゃまずないのだけれど、最近になって旅にでると人と話したくなるようだ。
後半は、いつもの勝手気ままな一人旅になった。計画のない旅は、ほとんどが気まぐれで良いのだが、時には切羽詰まった環境に放り出されることもある。その時は頭を使った判断や決断を求められる。大袈裟な言い方だが、一種のサバイバル体験をしたような気分になることもある。いつもはのんべんだらりと暮らしている生活なので、たまには頭と身体にこういった刺激が必要だ。多少なりともボケ防止に役立つのではないだろうか。