老人笑うな行く道じゃ
何気なく見ていたTVから「手紙」という曲のことが耳に入ってきた。
アンジェラ・アキか、由紀さおり(古いね(^^);)の曲なのかなと思ったのだが、違うようだ。
その歌詞を介護を志すものに読ませると言っていたので興味を覚えた。
早速ググると、ネットでも泣ける曲と話題になっているみたい。
(最近、TVを最後まで見ないでネットに頼ることが多い)
YouTubeにもあった。
介護を志す若者と受け取り方が違うと思うが、子供を持つ親としては、最後の数行に共感を覚える。
いい曲(歌詞)なので、これからあちこちで取り上げられるのではないかと思う。最近は富みに過剰反応するマスコミの目についたからには・・
ググった中の、あるブログに良いことわざを見つけた。
「子供叱るな来た道じゃ、老人笑うな行く道じゃ」(・・・)
<子どもに悪戯(いたずら)は付き物で、それを通して成長してゆく。自分も少し前は子供だったのだから、あまり細かいことを咎(とが)めず鷹揚(おうよう)に対応するように。また、老人も、今でこそ衰えたり醜くなったりしているかもしれないが、かつては人生の先達として教えを受けたはず。自分だって近いうちに同じ身になるのだから、見下げるものではない。子供と老人を引き合いにして、人生の来し方行く末に向けた優しい眼差(まなざし)を面白く表現している。>
紹介した歌も、実は同じようなことを歌っているのかもしれない。
人は、生まれそしていつの日か必ず死ぬ。それは生き物の宿命だが、長く生きていくと多かれ少なかれ頭を体も衰えておかしなことをしたりするようになる。
【「手紙 ― 親愛なる子供たちへ ― 」 団塊バカ親父の散歩話】
私も、まったく同じような感じである。
また、最近読んだ本の中の「老化と進化」という章にあった親から子供への世代交代、つまりこれが自然の摂理なのだということも思い浮かんだ。
地球上で生物を作ることのために利用できる資源のほとんどは、すでに生物の身体として使われていることを考えると、地球上に次の世代の生物が現れるためには、それまでに生きていた生物が利用していた資源が受け渡されなければならない。つまり、前の世代の死はつねに次世代の生物への贈り物のになるのだ。
「 進化から見た病気」(栃内 新)