ふたたび「相田みつを」に会う
初冬の東京をうろついて、また「相田みつを美術館」へ行った。
この前は初夏の頃に初訪問、これで2度目になる。
前回のことは、このブログに書いた。
こんなに短期間に再訪するのは珍しい。招待券のおかげさまである。(^^)
【東京国際フォーラム | 相田みつを美術館】
今回も同じ言葉に出会ったと思うが、心に響いた言葉は違ったものになった。
実行できないけれど
わたしの一生の
座右銘
自分をかっこよく
みせようという
気持ちを捨てること
「う〜ん」と唸りながらしばらく立ち止まっていた。
相田みつをでもできないことなのか・・
<その人>
その人の前にでると 絶対にうそが言えない そういう人を持つといい
その人の顔を見ていると 絶対にごまかしが言えない そういう人を持つといい
その人の眼を見ていると
心にもないお世辞や世間的なお愛想は
言えなくなるそういう人を持つといい
その人の眼には どんな巧妙なカラクリも通じない
その人の眼に通じるも
ただほんとうのことだけ そういう人を持つがいい
人間にはあまりにも うそやごまかしが多いから
一生に一人はごまかしのきかぬ人を持つがいい
一生に一人でいい そういう人を持つといい
前の書にも通じるものがある。でも、私にそのような人はいない。だから「う〜ん」と唸ってしまうのだろう。
つまずいたっていいじゃないか
にんげんだもの
なやみはつきないなあ
生きているんだもの
途中にいるから中ぶらりん
底まで落ちて地に足が着けば
ほんとうに落ち着く
人間だから、しょうがない。少し救われる。生きていることが、あっちこっちと迷いながら進むことなのだろう。底まで落ちればと思うが、いつも中途半端。迷いを見せないとするのも、かっこよさやごまかしなのだろう。
いいことは おかげさま
わるいことは 身から出たさび
瞬間的に、こうは思わない。いつも「・・のに」が飛び出す。
ふるいものを出さなければ
あたらしいものは
入らない
常識にとらわれないとか、常にチャレンジすることなどとも捉えられる。しかし、自分の部屋を思い出し、整理整頓する極意にも通じると大いに思う。